☆ 商品の誕生秘話 ☆

2018年01月23日

「助けられた命で、人様のお役に立ちたい!」臨死体験から生まれた 『さらさらきれい茶』誕生秘話

皆さん、こんにちは

『さらさらきれい茶 誕生秘話 銑イ泙任付き合いいただいた皆さま
本当にありがとうございました。 いよいよ、ここからは
【奇跡的に助けられた命を、どう使ってご恩返しをしてゆくか・・・】
後々、人々の健康に携わることとなってゆく 『東洋医学 との出会い、
素晴らしい師からの学び、患者様との向き合い方などについて、お話を進めてまいりますね。

◆◆◆ その6.人様のお役に立ちたい・・・。 ◆◆◆

奇跡的に命を取り留めてからその後は、3人の子育てをしながら
ほぼ2年間、日々悶々とする自分に悩み思いあぐねていました。
「命が助かったのには、やり残した何かが残っているハズ」 そして、遂に見つけました

それは 『病気を診ずに、人を診る 東洋医学の世界です。

めばえ幼稚園 警察を辞めて整骨院を経営している主人を
 手伝うためにも、鍼灸の資格が役に立ちます。
 すると長男・長女が通った幼稚園の園長先生が
 協力を申し出て下さり、当時はまだ珍しい措置で
 次男を4年間(年少2回、年中、年長)
 預かって下さることになりました。
 写真 : めばえ幼稚園(我孫子)

満を持して、3人の子育て、鍼灸学校への通学、福島県いわき市の実家へ
通いながら母と伯母の世話等々・・・。休む間もなく、フル稼働の生活が始まりました
そして3年後 《鍼師、灸師、あんまマッサージ指圧師》 3つの国家資格を取得しました

芹沢先生 次いで、筑波大学名誉教授・芹沢勝助先生
 「東洋医学技術研修センター」にて、1年間厳しい指導を受けました。
 
 朝からスケジュールいっぱいの充実した講義内容、
 毎日 相手を変えての鍼の刺し合い、様々な臨床実習を重ね
 ますます鍼灸の面白さを知った私は、本場の中国医学を
 生で見たい衝動にかられ、度々中国を訪れることとなります。

鍼治療 以来、長春中医学院や北京鍼灸骨傷学院で学び、
 鍼治療の摩訶不思議を目前に、本当に驚きました
 そして、1989年(平成元年) 生まれ故郷の
 福島県いわき市に念願だった
  『東洋医学サロン・いずみ鍼療院』 を開業しました


ところが・・・

鍼治療の心地良さと効果を体感された患者さんは、毎回次の予約をしてお帰りになるのですが
有難い気持ちとは裏腹に 「鍼治療に行けば、少々不摂生してもいいや・・・」 とばかり、
暴飲暴食、無理を重ねて体への負担や疲労を溜めてしまう方も多く・・・。


「自分で治そうという意識で通院される方と、
「鍼治療すれば、まぁ、いいかという方とでは、当然、治療の効果や
持続も異なり、結局は先々の健康管理が人任せになってしまいがちです。

鍼治療においては、依存させてしまうのではなく、
施術者と患者さん双方のバランスの取れた
『氣のキャッチボール』 がとても大事なのだと実感しました

『鍼治療に依存し過ぎず、毎日の食事やプライマリー(基本的な)
セルフケアができたら、自分で健康を取り戻すことも可能です。
それに、多忙な患者さんにも時間の余裕ができて楽になりますし、
先生方も、新しい患者さんを増やすことができます。』


このことが、自宅で健康管理できる 『さらさらきれい茶 の開発へと繋がってゆきます。

〜 山口 勢子 〜


sarasarakirei at 13:39|Permalink

2018年01月22日

「僅か30分で25名のO型血液提供者現る!?」臨死体験から生まれた 『さらさらきれい茶』誕生秘話

皆さん、こんにちは

刻一刻と春に近づいていますね
この時季、花粉症に悩まされる方も沢山いらっしゃると思いますが、
花粉症もまた、身体の中をしっかりデトックスできて
血液がキレイになると軽減されることが多いそうですよ〜♪

と、いうことで、今日のお題は 『ペチャンコになった血管』 についてです。

◆◆◆ その5.血管は常に丸くない ◆◆◆

奇跡的に、たった30分という僅かな時間で25名もの生血が集まりましたが、 
ここからがまた一苦労・・・。 大量出血した患者への輸血は、一筋縄では行きません
両手両足から一度に輸血されるという、ヘンテコリンな自分の姿を眺めながら
『血管は常に丸い』 と思い込んでいた大きな間違いに気づきました。
 
血管3層構造 私の右腕と両足は、血液の流出により 
 血管の内腔(一番内側の管の部分)がペチャンコ状態
 これは、大変危険な 『酸欠状態 です。
 もし、このまま注射針を挿入してしまったら、平たく潰れた
 血管の壁に針が貫通し、血管に穴が開いてしまいます


それには一度切開し、ペチャンコの血管をそっとピンセットで広げるようにして
慎重に慎重に、注射針を刺入
していくのだそうです。
この説明を聞いた時、日頃 粗末に扱っていた自分の体、
特に、柔軟性を要する 『血管へのダメージが命取り にもなること、
更に血管を流れる 『血液の質や量の大切さ を思い知らされました。

輸血 こうして、この緊急事態に
 立ち会って下さった
 医療現場の皆様の
 必死で迅速な措置と、
 我を忘れて献血に
 駆けつけてくださった
 25名の若き警察官の
 皆様の飛びっきり新鮮で
 元気な輸血により、
 私の命は救われました


一般的に 【人は、全血量の2/3以上を失うと生きられない】 のだとか・・・。
医師からは 「10万人に1人の奇跡 と告げられ、
新聞記事に掲載されるほど、貴重な体験だったことに感謝しました♪

更にラッキーだったのは 「保存血」 ではなく 『生血』 を輸血できたことです
そのお陰で、後々大きな問題となった エイズなどの心配もなく
【大量出血&輸血】 でありながら肝炎の感染もなく、 医師からは
「O型は、どの血液型にでも提供できる分、悪いものは貰わずに済んだのかも知れないね!」
と、有難いお言葉を頂戴しました。

この体験から学んだことは、下記の2つです。
◆ 人は常に ” 生 ” と ” 死 ” を伴って歩んでいる。
◆ 『このまま死ねない!』 と誓った、
  確固たる己の ” 意志 ” の強さこそ、命を救う言霊となる。


こうして、わんぱくな3人の子育てをしながら約2年間、日々悶々としながら、
『命を助けてもらったご恩返しに、何かできることはないだろうか・・・と、
自分に思いあぐね、自分の生き方を模索することになります。

〜 山口 勢子 〜


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2018年01月21日

「僅か30分で25名のO型血液提供者現る!?」臨死体験から生まれた 『さらさらきれい茶』誕生秘話

皆さん、こんにちは♪

前回の不思議な 『臨死体験 いかがでしたか
今日は、私の命を救ってくれた 「更なる奇跡 をお話いたしますね!

◆◆◆ その4.30分で25名の血液提供者 ◆◆◆

パトカー 私が奇跡的に息を吹き返し、
 病室内は、再びザワザワと
 慌ただしくなりました。
 その一方で、
 元警察官だった主人は
 近隣地域、全ての警察署に
  「O型血液」 の提供を依頼


警察官 緊急無線を使って、全てのパトカーに
 【O型血液の警察官は、血液の提供に協力するように 
 と、呼びかけて下さいました。
 そのお陰で僅か30分足らずの短時間に
 各警察署から 【総勢25名の警察官

 皆様が病院へ駆けつけて下さり、お一人ずつ
 血液の提供が可能かどうか、検査を受けて下さいました。

かろうじて命を救われた私の体には、まず 『冷たい保存血』 が輸血されました。
ところが、私の体は、それを 拒絶 したのです

O型 直ちに、25名の提供者からいただいた
 『温かい生血(5000cc)』 が、
 両手両足4本同時に輸血されましたが、
 両足は通常の2倍ほどに膨らんでおり、
 繊細な6歳の長男は、化け物でも見たように
 怖がって病室から飛び出しました

それに比べて、好奇心旺盛の長女は、私の傍で興味津々に 「ジ〜ッ」 と見ていましたね

ちょっと長くなりそうですので、今日はここでおしまい・・・。
大量出血した患者への輸血は、やはり一筋縄では行かないのですね
次回は 『ペチャンコになった血管』 のお話をしたいと思います。

〜 山口 勢子 〜


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2018年01月20日

不思議な夢!「仙人とペガサスと・・・」臨死体験から生まれた 『さらさらきれい茶』誕生秘話

皆さん、こんにちは♪

『さらさらきれい茶』 誕生秘話
、いよいよ中盤に差し掛かってまいりました。
毎回、沢山の方にお読み頂けて、大変光栄です

さて、今回 ご紹介するのは、臨死体験中に見た不思議な夢のお話です

◆◆◆ その3.不思議な夢! ◆◆◆

中国風景 まず、見えて来たのは
 切り立った山々

 幻想的なこの風景は
 すぐに中国の
 山奥だと感じました。
 
 何かご縁のある
 場所なのでしょうか・・・。
 
そして麻酔によって、次第に意識が薄れるなか、険しくそびえ立つ石山の上方を
天高く悠然と駆け巡る真っ白なペガサス(翼を持つ白馬)が一頭と、
髭を生やした仙人のようなお爺さんが、ニコニコと微笑みかけてくる
のが見えました。

ペガサス 瞬時に 「子供を残して死ねない
 呼ばれても、返事は絶対すまい
 心の中で堅く誓ったことを
 今でもはっきりと覚えています。

 あのお爺さんは、イエス様
 それとも、既に他界している父
 お爺さんは、私の名前を呼ぶでもなく
 ずっとニコニコと微笑むだけでした


後日談によれば、私がとても危険な状態であったために、病院からの指示で
『会わせてあげたい人がいたら、直ぐに連絡して下さい
と言われ、親兄弟、親族、友人などが早々に病院に集まっていたのだそうです。
そんな中、茶道の教授をしている母は、ちょうどお弟子さん達の免許皆伝の試験に
立ち会っており、病院へ駆けつけたくても駆けつけられない状況でした。

危篤 すっかり遅くなって、母が
 病院に駆けつけた時には
 執刀医は諦めて
 私の酸素マスクを
 外していたそうです
 ところが・・・ 

ベッドに駆け寄った母が私の手を取ると、
まるでエネルギーチャージされたかのように 『寒いよ〜、寒いよ〜』 と
何度も繰り返し、私は奇跡的に息を吹き返したそうです。

無意識に母の到着を祈り、母の温もりに安堵して意識を取り戻したのかも知れません。

体力が回復してから、主人の友人から聞いた話では、母の到着を待たずして
葬儀はどうするか 生まれた赤ん坊をどうするか 
新しい奥さんをもらうべきか などという話し合いがされていたようです

次回は、息を取り戻した後に待っていた 『最高の奇跡 についてお話いたします。
皆さま、楽しみにお待ちくださいませ。

〜 山口 勢子 〜


sarasarakirei at 13:37|Permalink

2018年01月19日

「声が出ない!体が動かない!」臨死体験から生まれた 『さらさらきれい茶』誕生秘話

皆さん、こんにちは
少しずつ、春の到来を感じさせる穏やかな陽射しですね

さて、前回の 【誕生秘話  なかなかご好評をいただきました。
皆さまに関心を持っていただけること、
続きを楽しみにしていただけることは、とっても嬉しいです

ではでは、早速 前回の続きへ・・・。

◆◆◆ その2.声が出ない 体が動かない ◆◆◆

突如、小さな町の産院から市内の 「〇〇堂産院」 へと運ばれる途中、
救急車の中で、目も、口も、手足も、どこもかしこも 全く動かなくなってしまった
私の体は 『氷 よりも更に冷たい、
まるで、何か別世界の金属のような冷たさに感じられました。
この時 『私は今、生きる屍(しかばね)なんだ・・・』 と感じたことを今でも鮮明に覚えています。

オペ 後で聞いた話によると・・・。
 到着した時間が、ちょうど
 日勤と夜勤の交代時間で、看護師が大勢いたこと
 台湾からの研修医が滞在していたこと
 この2つの奇跡のお陰で、運良く
 緊急手術に必要な人手を確保できたのだそう。


しかしながら、ベッドの上で屍(しかばね)同然の私は、
声を出すことも、指一本動かすことさえ、とにかく身動き一つできませんでした・・・。

でも・・・。 不思議なことに聴覚だけはビンビン響くほどによく聞こえ、
慌てて立ち回る医療スタッフ達の、必死な様子が手に取るように分かりました

と同時に、悲しいかな、スタッフ同士でやりとりされる
『なんでウチの患者でもない人を助けなきゃならないのよ
という心無い会話まで、聞こえてくるではありませんか

オペ 












看護師さん達はきっと
「どうせ患者には聞こえないだろう と思ったのかも知れません・・・。

後で知ったことですが、私が救急搬送された前日、その前々日と
2日続けて救急搬送が相次ぎ、3日目に私の緊急手術でした
しかも全員が、外部から搬送された患者だったそうです。
さすがに、先生方も看護師さん達も、疲労困憊の状況だったのでしょう・・・。

そして私は、麻酔の効果で 「うつらうつら・・・」 と意識が薄れていきました。

次回は、人生で初めて見た不思議な光景
私の 『臨死体験 についてお話いたします。

〜 山口 勢子 〜


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